病院にピエロ

子供の頃から頻繁に病院へ行っている。
記憶には無いが、0歳の時ゆりかご椅子がひっくり返って頭から窓ガラスに突っ込み、十何針縫う大怪我をしたそうで。生まれて間もなく生死の境を彷徨っていたとは。
どうりで(ほんの)ちょっとだけ頭が悪いのか。
これが始まりだ。
それから僕は中耳炎や鼻炎でしょっちゅう耳鼻科に行ったり、気管支炎になって1か月程入院したりとにかく病院のお世話になっていた。

10代後半はわりと健康で行くこともなかったが、20歳位の時にバイト中に肺が痛くなり救急車に担ぎ込まれてそのまま入院。肺気胸だった。

それ以降は特に何も無かったので安心していたが、30歳を前にして真珠腫性中耳炎を発症し入院手術。全身麻酔後に尿道に管が入っているのが地獄。それをズルズルと尿道から抜く時の痛みは更に地獄。
もうこんな経験2度と嫌。涙を流しながら天井を眺めていた。

この願いが通じたのか、32歳の時に再び真珠腫性中耳炎を発症し入院手術。再び尿道の痛みで泣く事になり、再びもうこんな経験2度と嫌と涙を流しながら天井を眺めることになる。

というように幼少の頃から病院に行っているので、当然待合室で待つことが多い。その時子供の頃からぼんやりと考えていたことがある。
病院中にピエロがいたらいいのにな。
大きな病院は外来や入院の患者が大勢いるので、どこか暗い雰囲気が漂っている。病気になると明るき気持ちになんかならないし、自然と位気持ちになってドヨーンとした空気が体から出ている様な気持ちになる。

そんなものだから、病院内の決して明るいものではない。
だから、ピエロを放つ。100人放った。
ピエロは邪魔にならないように、忙しく歩き回る医療関係者や、検査やお見舞いや売店に行く為に歩く患者さん達の間でおどけてみせる。
しかし、皆はそのピエロが見えていないのか、何のリアクションも起こさない。ピエロ達がおどけている間をスッと抜けていく。
僕は耳鼻科の待合室でそれを見ている。ピエロ達はどこか寂しそうだ。
でも、ピエロ達は再びおどけてみせる。ジャグリングなんかもしたりして。
「危ないでしょ!」
ピエロ達は看護師さんに怒鳴られてしまった。
さすがに心が折れたのか、ピエロ達はうつむいて院内をただ歩き回る存在になってしまった。
1人のピエロが僕の前を通り過ぎた。咄嗟にピエロの服を掴んだ。ピエロは少し嬉しそうに、でも困ったかのような表情を浮かべて、ほんの少しだけおどけてみせた。
そして再びとぼとぼと歩き始めた。
ピエロ。どこへ行くの?売店に行くの?
僕はとても悲しい気持ちになった。
院内をうろつく100人のピエロは時々思い出したかのようにおどけてみせるが、誰も何も見ていない。
しばらくすると、病院近くにある居酒屋に100人のピエロがいりびたるようになり、皆狂ったように酒を飲む姿をよく見かける。

僕は待合室の椅子に座りながら、神妙な面持ちで妄想している。
病院にピエロ。いたらいいな。